New Code NLP School

NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士とNLP共同開発者カルメン・ボスティック・サンクレア女史が監修するニューコードNLPスクールの公式ブログです。

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NLPとは何か?

ジョン・グリンダー博士の言葉

「NLPは選択肢をつくるアートです。」


John03


















NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
ニューコードNLPスクール


NLPであることの条件

NLPでいうモデリング(Modeling)とは、ある特定の分野で天才とみなされている人々が、卓越したパフォーマンスを発揮する際に、「どのように」その卓越性を発揮しているのかを、分析的にではなく無意識的に、それを論理的かつ明示的な手順に分析し、他の人々がその手順を踏むことで、当初の卓越した個人のパフォーマンスを短時間で発揮できることを可能にさせるプロセスのことを意味しています。

NLP共同創始者ジョン・グリンダー氏は、NLPのモデリング局面をNLPの真髄と位置づけています。グリンダー氏は、(NLPモデリングの結果として生まれた)NLPの創始以来、ほぼ(公式を応用するだけの)NLP適用しか発展してきていないという警告を発しています。

ジョン・グリンダー氏の言葉:
「1970年代、私とバンドラーが行ったさまざまな帰納法的ワーク(例えば、卓越した心理療法家がセラピーを行っている場面のVTRを何度も繰り返して見ることによって、膨大な生のデータから、その卓越した心理療法家の言語や行動パターンの公式を見出すワーク)の結果、NLPという新しい体系を作り出しました。そして現在、NLPは、ビジネス、教育、司法、セラピー、プレゼンテーション、スポーツ、芸術など、さまざまな分野において幅広く浸透しています。そして今後も、ほぼすべての分野に深く行き渡っていくことでしょう。しかし私の見るところ、1970年代に私とバンドラーがNLPを創始したあとは、NLPの(さまざまな分野への)適用というものだけが存在してきているようで、私とバンドラーが行ったような、努力をして新しいものをクリエイトするNLP実践者が新たに出てこない限り、NLPは今後、徐々に衰退していき、やがて消滅してしまう可能性があると思っています。」

グリンダー氏によると、NLPであることの条件は、次の2つを満たしているものです。

1. 有効性があること
2. プロセスモデルであること

プロセスとは、それが「どのように」(How)作動しているのか、すなわち、その構造や形式を意味します。一方、コンテンツとは、体験している内容は「何か」(what)ということであり、その詳細や経緯のことを意味します。

グリンダー氏は、NLPモデリング、すなわち、無意識的モデリングの産物として帰納法的に生み出されるプロセスモデルと、分析的かつ演繹的に生み出されるコンテントモデルを明確に区別しており、コンテントモデルはNLPの一部になりえないという立場をとっています。

コーチング、カウンセリング、セラピーを行う人々が、クライアントの人間としての尊厳に対して倫理的に介入を行うためには、プロセスとコンテントの区別が非常に重要になります。プロセスモデルは、クライアントの状況に影響を与えることで、クライアントが自らの力で選択肢を導き出す支援をします。一方、コンテントモデルは、ファシリテータがクライアントに自分の考え方や価値観などを押し付けることで、その場では解決できたとしても、長期的にはクライアントの自由を奪う行為であるとグリンダー氏は主張しています。

John01


















NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
ニューコードNLPスクール



エリクソンのモデルの句読点

John&Carmen08





エリクソンのモデリングの句読点


 
1.適切なモデル(エリクソン)の識別

2.私たちが何をしているのかを意識的に理解しようとする試みを積極的に避け、長期にわたる正確な模倣の実践を通してエリクソンが使っていたパターン化と無意識的に同化すること

3.フィードバックを通して進行中の結果を厳密に評価すること

4.基準−すなわち、行動的にエリクソンの典型と同じ時間枠内で同じ質の同様の一連の反応をクライアントから引き出す能力−に達している場合に、行動を以下の2つに分類すること:

 A−同じ反応を引き出すために不可欠な(本質的な)一連の差異
 B−偶発的な又はエリクソンのスタイルに特有の一連の差異

5.それらの差異を関係者に効率的かつ効果的に伝達するための記述にそれらをマッピングし、上記の4で説明した基準と同じ基準を使用して、差異をコード化すること

6.伝達が効率的かつ効果的であると許容されるまで、付随する修正を伴って実際に伝達することにより、モデルをテストすること

 


私たちがここで追求している点は、ステップ4に含まれています。モデリングプロジェクトのステップ2と3は、モデラーが最小限の意識的なフィルタリング(f2フィルターの停止)でモデルの本質的なパターンに同化していることを保証します。ステップ4は、モデラーが、元のモデルまたはパターン化の元となっている人とほぼ同じ有効性で実行していることを保証します。残念ながら、無意識の模倣を使用しているモデラーは、モデルのワークの典型である強力な結果を達成することとは無関係なモデルの行動の一部も典型的に同化してしまいます。モデラーは、無意識のコンピテンス(能力)状態にあると言えるかもしれません。つまり、彼らは効果的にモデルの行動を再現していますが、依然として模倣しており、彼らが何をしているかについて意識的に理解していません(明白なモデルはありません)。彼らは、パターン化の元となる人に由来するパターン化についての暗黙の知識を有するとも言えます。

 

ステップ4は、偶発的な差異から本質的なものを分類することに焦点を当てており、重要な作業です。特に、実際の行動と、様々な行動の背後にある意図に特に注意してコード化されているより大きな一連の差異で機能する方法との間には、ダンスが必要です。ここで一つの例がわかりやすいでしょう。

 

エリクソンは、バンドラーとグリンダーが彼に会ったとき、部分的に麻痺していました。この状態は、彼の身体状態にはっきりと適応した特定の行動を引き起こしていました。例えば、彼は机(通常タイプライターに使っているもの)から引き出した格納棚に小さな枕を置き、右手をカップの形にした左手で受け、両手の重さを支えるために左肘を枕の上にのせて体を前方に傾けるという習慣がありました。

 

その上、とても特別な場合を除いて、彼は欠けている上の歯のための装具をつけていなかったので、大部分の歯がない状態(厳密に歯の意味でしかないが(訳注:toothlessは「権限がない」という意味もある))でした。この状態によって、発声する際に特定のスタイルの発音になりました。

 

制御された無認識の同化段階と一致して、グリンダーとバンドラーはエリクソンの特徴的な姿勢(右手をカップの形にした左手で受ける)と彼の声(欠けた上の歯の結果)の様式の再現を含む模倣的な様式で催眠パターンを行うことに数ヶ月費やしました。十数ヶ月の勤勉な実践の後、二人は同じ速さと同じ質で一貫して同じクラスの反応を引き出すのに十分な熟練を達成したという合意に達しました。したがって、ステップ4の基準に達しました。

 

反盲信プログラム(anti-superstition program)の詳細は、記述できるくらい単純です。グリンダーとバンドラーは、得られる限りに問題の表現とスタイルが近い二人のクライアントを連れてきました。次に、彼らの訓練された実践の一部分として彼らがマスターしたエリクソンのワークの典型的な全ての行動を使って、一人のクライアントにワークをしました。彼らは注意深くそのクライアントの反応をカリブレートしました。次に、彼らは二人目のクライアントに、最初のケースと同じ一連のパターンを行いましたが、意図的に最初のケースに含まれていたいくつかの単一の行動を除外しました。彼らは、二人のクライアントで得られた結果を比べながら、その結果を評価しました。鍵となる質問は以下の通りです。

 

 「二人のクライアントに提供された治療を区別している特定の行動を除外することは、結果に違いを生み出すだろうか?」

 

もしもその答えがイエスであるなら、そこに含まれていた行動は条件的にモデルの本質的な部分として維持されます。もしも違いが現れなければ、その行動は、モデルの有効性を減らすことなく安全に廃棄することのできる明らかに偶発的又は特有の行動です。これまでのところ、とても単純で順調です。

 

この行動の分類は全て、一般的な人々の行動では明白でないいくつかの能力を前提としていることに注意してください。これらのうち、私たちは以下のことを識別することができます。

 

  1. 知覚の形式的又は統語的フレーム−治療的接触に典型的な強い感情的コンテンツに直面したとき、専門家またはそれ以外の大多数の人々が、体験をその要素に分解する知覚的フィルターを適用するという反応をしていないという印象があります。より典型的には、彼らはそのコンテンツに感情的に反応しています。したがって、この形式的、統語的フィルターは、モデリングに不可欠な要素です。

     

  2. 結果をもたらす能力に基づく重大な責任と結果を伴って、貴方自身の行動を非常に熱っぽい感情的文脈に分割することができる自分自身の行動の運用能力。特に、貴方は、どの行動を適用し、どの行動をここに述べられている反盲信プログラムの一部として除外するかを決める能力を維持しています。

 

この特定の例を続けることによって、エリクソンの行動をその構成部分に分解するためのフィルターが与えられれば、二人はその姿勢(右手をカップの形にした左手で受ける)と上の歯が欠けていたことによる特徴的な声質を安全に捨て去ることができたことは確かです。彼らはそれぞれ、直接の体験で彼らの直感をテストしました。つまり、それぞれが「マッチした」クライアントと2回のセッションを実行しました。1回目は姿勢を使って、そして2回目は姿勢を外しました。予想通り、その結果は得られた一連のものに検出可能な差異を示しませんでした。


森林04










Whispering In The Wind p.179-182
Part: The Eye of the Storm
Chapter 1: Contexts of Discovery

A Punctuation of the Modeling of Ericksorn

1. the identification of an appropriate model (Erickson)


2. the assimilation unconsciously of the patterning used by the Erickson through rigorous imitative practice over an extended period oftime positively eschewing any attempt to understand consciously what we weredoing.

3. the evaluation of ongoing results strictly through feedback

4. upon reaching criterion - the ability to behaviorally elicit the same set ofresponses from our patients which were typical of Erickson in the same time frame and with the same quality - the sorting of the behaviors mastered into twosets:

 A - the set of differences essential for eliciting the same responses
 B - the set of differences that was accidental or idiosyncratic to Erickson's style

5. the codification of the differences, mapping them onto a description which allowed an efficient and effective transfer of these differences tointerested parties, using the same criterion as that mentioned in step 4 above.

6. the testing of the model through actual transfer with the attendantmodification until the transfer was acceptably efficient and effective.

The point we are pursuing here is that contained in step four. Steps two and threeof the modeling project ensure that the modelers have assimilated the essentialpatterns of the model with a minimum of conscious filtering (suspension of f2 filters). Step four guarantees that the modelers are performing with approximately the same effectiveness as the original model or source of thepatterning. Unfortunately, the modelers through the use of unconscious imitation have typically also assimilated portions of the model's behavior thatare irrelevant to achieving the powerful results typical of the work of the model. The modelers may be said to be in a state of unconscious competency - that is, they are effectively reproducing the behavior of the model but they arestill imitating and have no conscious understanding (no explicit model) of whatthey are doing. They can be usefully said to have tacit knowledge of the patterning that originated with the source of the patterning.

Step four isfocused on the sorting of essential from accidental differences and is a non-trivial task. In particular, it requires a dance between the actual behavior and the way it functions in the larger set of differences being coded with special attention to the intention behind the various behaviors. An example will servewell here.

Erickson was partially paralyzed at the point in hislife when Bandler and Grinder met him. This condition had given rise to certain behaviors that were clearly adaptations to his physical condition. For example, he had the habit of placing a small pillow on a retractable shelf which waspulled out his desk (the one normally used for a typewriter) and holding his right hand in his cupped left hand, he would lean forward restinghis left elbow on the pillow to support the weight of both arms.

Further, except for very special occasions, he wore no prosthetics for his missing upperteeth and thus was largely toothless (although only in the trictly dentalsense). This last condition resulted in a certain style of articulation whenspeaking.

Consistent with the disciplined non-cognitive assimilation phases (steps two and three in the above outline of modeling), both Grinder and Bandler spent months doing hypnotic patterning in an imitative mode includingthe reproduction of Erickson's characteristic posture (right hand resting intheir cupped left hand) and his style of articulation in voice (the result ofhis missing upper teeth). After some ten or so months of diligent practice bothmen were in agreement that they had achieved a mastery sufficient to consistentlyelicit the same class of responses with the same speed and quality - thusmeeting the criteria for initiating step 4.

The specifics of theanti-superstition program are simple enough to describe. Grinder and Bandler would take two clients as close in problem presentation and style as wereavailable. They would then do a piece of work with one of the clients using allthe behaviors typical of Erickson's work which by now had been mastered by eachof them as part of their disciplined practice. They would carefully calibratethe responses of that client. They would then take the second client and runthe same set of patterns as in the first case with the exception that theywould deliberately leave out some single Ericksonian behavior that they had included in the first case. They would then evaluate the results, comparingthe results they obtained with the two clients. The key question was,

 Did leaving out the particular behavior that distinguishes the treatment offered tothe two clients make a difference in the results?

If the answer is yes, thebehavior involved will be maintained as a conditionally essential part of themodel. If no differences emerge, the behavior is apparently an accidental or idiosyncratic behavior that can be afely discarded without reducing the effectiveness of the model - so far o good, simple enough.


Note all this sorting behavior presupposes severalcompetencies not obvious in the behavior of the general population. Among these, we can identify:

 1. a formal or syntactic frame of perception - it is ourimpression that the vast majority of people, professional or otherwise, whenfaced with the strong emotional content typical of therapeutic encounters donot respond by applying a perceptual filter which decomposes the experience intoits elements. More typically they respond emotionally to the content. Thisformal, syntactic filter, then, is an essential element for modeling.

 2. acommand of behavior within oneself that allows you to segment your own behaviorin a highly charged emotional context with grave responsibilities and consequences resting on your ability to deliver results. More specifically, youmaintain the ability to decide which pieces of behavior to apply and which toleave out as part of the anti-superstition program being here described.

Continuing with this specific example, both of the men were certain that giventheir filter for decomposing Erickson's behavior into its component parts, they could safely discard both the posture (right hand held in the cupped left hand) as well as the characteristic voice quality which resulted from Erickson's lack of upper teeth. Each of them tested these intuitions with direct experience - that is, each of them ran double sessions with "matched" clients, in one case using the posture and in the second in the consequences obtained - so far, so good. 



Whispering In The Wind
John Grinder & Carmen Bostic St. Clair
J & C Enterprises
2001-12-31



NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
ニューコードNLPスクール


方法論的解説

John&Carmen08




























方法論的解説

 

エリクソンのパターン化の一部をとらえたモデル−いわゆるミルトンモデル−は、除外的なプロセスを経て完成しました。このプロセスは複雑なシステムのモデリングに不可欠であるため、少なくとも最初に説明するのに値します。

 

私たちは、モデリングの無意識の取り込み段階でエリクソンを無批判に同化し、自分自身とお互いと何も知らない私たちのクライアントに、私たちが彼の催眠のパターン化の特定の部分を習得したことを模倣を通じて示しました。自分自身を解読するというプロセスは、フィードバックによってもたらされた経験を好んで私たちがしていたことを意識的に理解するという信念と要求の両方を中断することによって、私たちが一時的に受け入れた盲信に挑戦するという形式を取りました。私たちは、エリクソンの行動を忠実に再現するための規律ある日々の実践に身をゆだねてきました。私たちの目標は、エリクソンが彼のクライアントに対して達成しているのを私たちが目撃したのと同じカテゴリーの反応を、ほぼ同じ時間枠で、ほぼ同じ質で、私たちのクライアントから引き出す信頼できる一貫した能力を開発することでした。この基準は、エリクソン自身の行動と機能的に同等である表現を私たちが(私たち自身の神経学において)行動的に手に入れたということを確実にしたでしょう。今や私たちが直面していた課題は、エリクソンがそれによって有名であった意識の変性状態を誘導し利用するという活動にとって、どの行動(と対応する内在している回路)が不可欠であるか、そして、どの行動が単に文体的あるいは純粋に特異的であるかを分類することでした。

 

ここで問題になっているのは、パターンとそのパターンが埋め込まれているノイズとの違いを判断する能力です。この問題は重要な方法論的ポイントを含んでいます。

 

例えば、医学的、薬理学的または心理学的実験の標準的な設計では、実験者は、ある治療法または化学物質がある特定の集団に対して特定の効果を及ぼす可能性について探求したいと考えます。実験者は、興味のある集団から抽出された適切な代表群を集めるでしょう。この集団のメンバーを無作為に割り当てることによって、または実験者が重要であると考える変数に関して2つの群のバランスがとれるように設計された割り当てを通して、彼女は実験群と対照群を作成します。次に彼女は、実験群に処置または化学物質を投与し、明示的に対照群には投与しません。薬理学的研究の場合は、対照群はプラセボ(いわゆる不活性物質)が与えられ、心理的研究においては、実験群が提供されている接触時間と同等の量の専門家との接触時間が与えられるでしょう。研究の終わりに、研究者は、統計学的に2つの群が不規則変動から予測されるよりも大きく異なっているかどうかを決定するために、いくつかの測定系を使用するでしょう。そのような違いが発見された場合には、その治療または薬物は集団の特定の割合に対して有効であると宣言されます。

 

この標準的な実験デザインを追加的(additive)と呼ぶことにしましょう。実験者は、何らかの条件(治療法、薬物等)の「追加」が、他の点では同等の集団として認められているもの(実験群と対照群)に違いを生むかどうかをテストしています。

 

エリクソンの優れたパフォーマンスを平均的な内科や精神科の催眠の実践者と区別する一連の差異のコード化に適用されたバンドラーとグリンダーの方法論は、この標準的なデザインをひっくり返すものとして有用に説明できます−それは除外的(subtractive)戦略です。エリクソンのモデリング(及びNLPの分野を生み出した他の天才の研究)を説明する一連の出来事は、以下の通りです。

次のページ「エリクソンのモデルの句読点」に続く


森林03










Whispering In The Wind p.178-179
Part: The Eye of the Storm
Chapter 1: Contexts of Discovery

Methodological Commentary
  

The model that captures some of the patterning of Erickson - the so-called Milton Model - was arrived at through a subtractive process. This process is so essential to the modeling of any complex system that it deservesat east an initial description.

We had assimilated Erickson uncritically duringthe unconscious uptake phase of modeling and demonstrated to ourselves, oneanother and our unwitting clients through imitation that we had masteredcertain portions his hypnotic patterning. The process of decoding ourselves took the form of challenging the superstitions we had temporarily accepted by suspending both belief and the requirement to understand consciously what we were doing in favor of experience driven by feedback. We had committed ourselves to a disciplined daily practice of reproducing Erickson's behavior with high fidelity. Our mark was to develop a reliable consistent ability toelicit the same category of responses from our own clients that we had witnessed Erickson achieving with his clients in roughly the same time frameand with roughly the same quality. This criterion would ensure that we hadcaptured behaviorally (in our own neurology) representations that were functionally equivalent to Erickson's own behavior. The challenge that now confronted us was to sort out which behaviors (and the corresponding underlying circuits) were essential to the enterprise of inducing and utilizing the altered states of consciousness for which Erickson was so well known; and which behaviors were simply stylistic or purely idiosyncratic.

What is at stake here is the ability of determining the difference between a pattern and thenoise in which the pattern is embedded. This issue contains an important methodological point.

In the standard design of medical, pharmacological or psychological experimentations, for example, the experimenter wishes to explorethe possibility that the some treatment regimen or chemical substance has acertain effect on some identified population. The experimenter will assemble anappropriate representative group drawn from the population that is of interest. Either through random assignment of members of this population or through anassignment designed to balance the two groups with respect to the variables the experimenter suspects are of importance she creates an experimental group and acontrol group. She then administers the treatment or chemical substance to the experimental group and expressly not to the control group. The control group inthe case of a pharmacological study will receive a placebo (an alleged inertsubstance) or in a psychological study an amount of contact time with aprofessional equivalent to the contact time the experimental group is beingoffered. At the termination of the study, the researcher will use some measurement system to determine whether statistically the two groups differgreater than can be anticipated through random variations. If such a differenceis discovered, the treatment or drug is declared effective for a specified percentage of the population.

Let us refer to this standard experimental designas additive. The experimenter is testing whether the addition of some condition (treatment regimen, drug...) produces a difference in what is accepted asotherwise equivalent population (the experimental and the control groups).

The methodology Bandler and Grinder applied in the coding of the set of renceswhich distinguished Erickson's superb performance from average practitioners of medical and psychiatric hypnosis can usefully be described as turning thisstandard design on its head - it is a subtractive strategy. The sequence ofevents that describe the modeling of Erickson (and the other studies of geniusthat created the field of NLP), was:


Whispering In The Wind
John Grinder & Carmen Bostic
J & C Enterprises
2001-12-31



NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
ニューコードNLPスクール


NLPの3番目のモデル:ミルトンモデル(2)

John&Carmen08







 















この素晴らしい会合の一週間後、グレゴリーは再び私たちを彼の家に呼び、私たちのモデリング技術を彼が何十年間も持ち続けてきた夢に役立てるよう促しました。マーガレット・ミードと結婚した30年代、そしてバリで共同の人類学のフィールドワークを行う準備の間に、彼ら二人は意識の変性状態に関する基礎について勉強する必要性を認識していました。ダンスのような特定の芸術活動に含まれるパフォーマンス状態を達成するための、通常社会的に期待され受け入れられた方法として、バリ人が公式にトランス状態に入ることは既によく記録されていました。広範囲な調査の後、彼らは医学催眠術の実践者の中で最も熟練しているという評判のあった反逆的な精神科医のミルトンH・エリクソン博士を知りました。ミルトン・エリクソン博士について費やした彼らの時間は、グレゴリーに、無意識のコミュニケーションにおけるその男の天才性を確信させました。グレゴリーがMRIの調査を率いた何年も後に、彼はジェイ・ヘイリーとジョン・ウィークランドを含む彼の研究グループのメンバー数人を、エリクソン博士が暮らし、彼の理解しがたい技術を実践していたフェニックスに送りました。グレゴリーがこの会話の中で困惑した表情で顔をしかめながら言うには、

 

 彼ら全員が彼らのこの老人の経験に夢中になって戻ってきたんだ!

 

このときまでに、リチャードと私はいくつかの彼の出版物を読むことを通してエリクソンについていくらか精通していて、私たちがこの注目すべき人へのアクセスを求めることを既に決心していました。リチャードはすぐに、彼がフェニックスに向けて今すぐ出発する準備ができていると答えました。私の声がこのような言葉を発しているのを聞いたときの私の驚きを想像してみてください。

 

 ありがとう、グレゴリー。しかし私はまだエリクソンのモデリングをする準備ができていません。

 

私たちはグレゴリーに、私たちはそのモデルを行うだろうが、それはまだである、と断言しました。リチャードは私のためらいを理解していませんでした−私自身がそれを明確に話せなかったのに、どうして彼がそれをできたでしょうか。私は、行かないことを十分に知っていました・・・まだ。

 

私が自分自身を整理することに成功し、フェニックスに行くことについて矛盾がない状態を達成するまでに、3ヶ月以上が経過しました。リチャードは喜びました−私たちはグレゴリーに電話をし、彼も同じくそのニュースに本当に喜びました。彼は自信満々に、私たちに先に行って飛行機に乗るように言いました−その間に、彼はエリクソン博士に電話をして手配をしたのでしょう。彼は私たちに、フェニックスに着いたらなるべく早く電話をするようにと指示しました。私たちは翌日フェニックスに到着し、そこのチェーンホテルの一つのスイートにチェックインし、グレゴリーに電話をしました。がっかりしたことに、彼の説明によると、彼はエリクソンに話をし、エリクソンは私たちに会うことにとても興味を持っていたが、彼はちょうど彼にとってひどく骨の折れるイベントである臨床催眠学会の年次総会を終えたところで、今から数日間、彼の3人の親しい生徒と一緒にこもることになっているとのことでした。

 

私たちは電話を終え、お互いを見て、仕事に取りかかりました。私たちは聖書(「催眠術と治療の高度な技術」、編集者であるジェイ・ヘイリーとエリクソン博士によって書かれた豊富な記事の概要)の写しを取りだし、様々な記事の中に多くのトランス誘導を見つけました。私たちは、私たちの目的のために必要と思われるものをどのようにこのパターン化から抽出するかについて合意するまで、次の一時間ほどの間これらの誘導について互いに読みました。テンプレート(鋳型)があると思われるまで、私たちは数時間かけてこれらの誘導を分析し、その様々なパターンを分類しました。メタモデルの区別と、エリクソンの仕事がとても上手く行われているという事実は、形式からコンテンツを分類することをとても簡単にしました。私たちは、全てのコンテンツの場所でエリクソンが関与したクライアントにとって適切な反応を引き出すために利用した資源を削除して、エリクソン博士に提示したい二つのメッセージの変形を挿入しました。

 

 今すぐ時間を作って下さい!

 

 今すぐ私たちに会って下さい!

 

そして時には十分大胆に

 

 今すぐ時間を作って私たちに会って下さい!

 

私たちは、エリクソン自身の誘導の変換版の一部を、新しいメッセージを埋め込んで書き出しました。それから私たちはコインをはじきました。私が勝ちました−私はエリクソン博士と電話でこの誘導を行わなければなりませんでした。私は、リチャードが私の視界の外で、彼の口に手ぬぐいを詰めたまま、バスルームにある電話で聞くように主張しました。この仕事は私が持っている全ての集中が必要でした−私はバンドラーからのどのような気を散らすものも必要とせず、望んでもいませんでした−笑いの形でも、忍び笑いでさえも。

 

私はベイトソンがくれた番号に電話をかけました−リチャードはバスルームでもう一つの電話を取り上げました。ミルトンの妻であり、一人前のとても素晴らしい催眠術師であるベティ・エリクソンに、彼女の夫が本当に私と話したがっていたということを納得させた後、私は深く心が奪われるような声が私の耳に話すのを聞きました。

 

 はあああい、エリクソン博士です。

 

彼の息づかいがはっきりと聞こえ、私は言いました。

 

 エリクソン博士、ジョン・グリンダーです。グレゴリー・ベイトソンが私を送り出しました。

 

そして休むことなく、私は誘導を始めました。2分半の間(私たちは電話の前に時間を計っていました)、私の最大限のそして非常に限られた知識の限りにマスター自身のパターンを活用し、私は自分の挿入したメッセージを含む誘導を行いました。私は、彼の呼吸がゆっくりになったこと、そして私が提示した誘導を彼が静かに受け入れ続けたことに大いに励まされました。私は自分の声をゆっくりにしていき、最後に単に止めることで誘導を終えました。少なくとも30〜45秒の時間が経ち(私にとっては永遠でした)、それから彼は呼吸を速め、単に言いました。

 

 君たち、すぐにここに来なさい!

 

続く10ヶ月は奇妙で素晴らしい経験でいっぱいでした−私たちはフェニックスでエリクソンと一緒に3〜4日かけて、彼が患者とワークをした時に微細筋肉運動を使って彼を見て、聞いて、モデリングしました。それから私たちは、声が聞こえる範囲にやって来た人たち誰にでも私たちが執拗にマスターしようと試みているパターン化で拷問を加えるためにカリフォルニアに急いで戻りました。

 

毎日の時間は、公式の文脈とそれ自体を提示した文脈の両方において、実践訓練に費やされました−私たちのテーブルにシーザーサラダを用意しているウェイターは、突然彼の足が床にぴったりくっついて歩けなくなったことに気がつきました。

 

それからフェニックスへのフライトで私たち二人の間の中央席を占めた幸運な女性がいました。彼女はこの小旅行をくしゃみと咳をしながら始め、症状なく終えました。私たちがしたことは、砂漠の乾燥した空気とその治癒力について静かに話し合っただけです。

 

私たちは、催眠接触の誘導期を習得したと確信してからは、変更された状態の利用に集中したいので、時間を節約するために、クライアントの再誘導シグナルを用意しました。全ては催眠で、何も催眠ではなく、屋根はきしみ、床は震えました!

 

私たちは明白な分析を試みることを拒否するようかなり訓練されました−エリクソンに直接会う前でさえ、メタモデルを特徴付ける構文変数のいくつかが、この天才の言語的パターン化にいくつかの興味深い方法で関与していたことは私たちにとって明らかでした。しかし、私たちは、エリクソンがフェニックスで無私に私たちに示し、彼の記事で詳細に説明したものと同じ反応を私たちのクライアントから引き出すという私たちの行動能力を満足させるまで、どんな説明も拒否しました。私たちは、聖書(催眠術と治療の高度な技術)にある全ての催眠効果と私たちが直接観察したものとを再現することに着手しました−私たちは熱狂的な狂信者でした。

 

以前のように、リチャードは私より前に準備ができていました−3回彼は私たちがそれ−「ミルトンH・エリクソン医師の催眠技術のパターン」として知られるようになったものの第1巻−を書くことを提案しました−そして、3回にわたって私の返事は、まだだよ、兄弟、でした。

 

私が内的な一致を達成した後、バンドラーと私自身による本(「ミルトンH・エリクソン医師の催眠技術のパターン」第1巻)の最初の草稿の実際の執筆は、およそ36時間のマラソンで達成されました−その後の仕上げと洗練は8時間未満でした。

次のページ「方法論的開設」に続く


森林02










Whispering In The Wind p.175-178
Part: The Eye of the Storm
Chapter 1: Contexts of Discovery

NLP's Third Model: The Milton Model
  

One week after this remarkable meeting, Gregory again called us to his home and urged us to put our modeling skills inservice of a dream he had carried for decades. In the '30's, married to Margaret Mead, and during the preparation for doing joint anthropological field work in Bali, the two of them had recognized the need to educate themselves onthe fundamentals of altered states of consciousness. It had already been well documented that the Balinese officially enter trance states as a normal socially expected and accepted way of achieving the performance states involvedin certain artistic activities such as dance. After making extensive enquiries, they learned of a renegade physician psychiatrist who had the reputation forbeing the most skillful of the practitioners of medical hypnosis, Dr. Milton H.Erickson. Their time spent with Dr. Milton Erickson had convinced Gregory ofthe man's genius in unconscious communication. Many years ater when Gregory was heading up the MRI investigations, he dispatched a umber of members of hisresearch group including Jay Haley and John Weakland to Phoenix where Dr. Erickson lived and practiced his arcane arts. As Gregory sald wryly during this conversation with a bemused look,

 They all returned entranced by theirexperiences of the old man!

By this time, Richard and I had some familiarity with Erickson's through reading some of his published work and had already determined that we would seek access to this remarkable man. Richard immediately responded that he was prepared to leave now for Phoenix. Imagine my surprise to hear my voice uttering the words,

Thanks, Gregory, but I'm notready to do the modeling of Erickson yet.


We assured Gregory that we would do the model but not yet. Richard did not understand my hesitation - how could he, when I, myself, couldnot articulate it. I knew enough not to go... yet.

More than three months passed before I succeeded in sorting myself out and achieved a state of congruity about going to Phoenix. Richard was delighted - we called Gregory who likewise expressed genuine pleasure at e news. He confidently told us to go ahead andget on a plane - he would meanwhile call Dr. Erickson and make the arrangements. He instructed us to call as soon as we got to Phoenix. We arrived the followingday in Phoenix, checked into a suite at one of the chain hotels there andcalled Gregory. To our dismay, he explained that he had spoken to Erickson and that while he was quite interested in meeting us, he had just finished the annual meeting of the Society for Clinical Hypnosis - a taxing event for himand that he was sequestered with his three closest students for the next few days. 

We finished the phone call, looked at one another and went to work. We took a copy of the bible (Advanced Techniques of Hypnosis and Therapy, a richcompendium of articles written by Dr. Erickson with Jay Haley acting as editor) and located a number of trance inductions inside various articles. We readthese inductions to one another for the next hour or so until we agreed on howto extract from the patterning what we believed we would need for our purposes. We spent several hours analyzing these inductions, sorting through its various patterns until we thought we had a template. The distinctions in the meta modeland the fact that Erickson's work is so well done made it quite easy to sortthe content from the form. In all the content spaces we removed material Erickson had used to elicit the res ponses appropriate for the client involvedand inserted variants of the two messages we wished to present to Dr. Erickson:

 Make time now!
 
 See us now!

And sometimes daringly enough even

 Make time to seeus now!

We wrote out portions of the transformed version of Erickson's own inductions with the new messages embedded. We then flipped a coin. I won - I was the one who got to do the induction on the phone with Dr Erickson. I insisted that Richard listen on the phone that was in the bathroom, out of my line ofsight with a washcloth stuffed in his mouth. Doing this task would require allthe focus I had - I neither needed nor

wanted any distractions from Bandler - not in the form oflaughter or even giggles.

I placed the call to the number that Bateson hadgiven us - Richard picked up the other phone in the bathroom. After convincing Betty Erickson, Milton's wife, and a very good hypnotist in her own right, that her husband really did want to talk to me, I heard a deep riveting voicespoke into my ear,

 Yeeees, this is Dr. Erickson.

I could clearly hear hisbreathing and I said,

 Dr. Erickson, this is John Grinder - Gregory Bateson sent me.

and without pausing, I began the induction. For two and a half minutes (wehad timed it before the call), I moved through the induction containing the messages we had inserted, using to the best of my then quite limited knowledgethe master's own patterns. I was greatly encouraged by the slowing of his breathing and his continued acceptance by his silence of the induction I was presenting. I finished the induction by slowing my voice and simply finallystopping. A good 30 to 45 seconds followed (an eternity for me), then there wasa quickening in his breathing and he simply said,

 "You boys come over hereimmediately!" 

The succeeding 10 months were filled with strange and wonderful experiences - we would spend 3 to 4 days with Erickson in Phoenix watching, listening and modeling him with micro muscle movement as he worked with his patients. Then we would rush back to California to torture anyone whocame within hearing distance with the patterning we were obsessively attemptingto master.

Hours daily were devoted to disciplined practice, both in official contexts and in any context that presented itself - the waiter fixing the Caesar salad at our table suddenly found his feet were glued to the floor and wasunable to walk away.

Then there was the woman who had the good fortune to occupy the center seat between the two of us on a flight to Phoenix. She began thetrip sneezing and coughing and finished without a symptom and all we did wasalk to one another past her quietly about the dry desert air and its healing qualities.

We arranged re-induction signals with our clients once we had convinced ourselves that we had mastered the induction phase of the hypnotic encounter to save time since we wanted now to focus on utilization of altered states. Everything was hypnosis, nothing was hypnosis, the roof creaked, the floor trembled!

We were quite disciplined in refusing to attempt any overt analysis - it had been clear to us even before meeting Erickson directly that some of the syntactic variables that informed the meta model were involved in some interesting way with the linguistic patterning ofthis genius. However, we rejected any explication until we were satisfied withour behavioral competency in eliciting the same responses from our own clients that Erickson had both unselfishly demonstrated to us in Phoenix and had socarefully detailed in his articles. We set out to reproduce every hypnoticeffect in the bible (Advanced Techniques of Hypnosis and Therapy) as well asthose we had observed first hand - we were flaming zealots.

As before, Richardwas ready before I-three times he proposed that we write it - the first volumeof what came to be known as Patterns of the Hypnotic Techniques of Milton H.Erickson, M. D.  - and three times my response was, Not yet, bro'

Once I had achieved the internal congruency, the actual writing of the first draft of theb ook (volume I of Patterns of the Hypnotic Techniques of Milton H. Erickson,M.D.) by Bandler and myself was accomplished in a single marathon of some 36hours - the subsequent clean up and polishing less than 8 hours.


Whispering In The Wind
Carmen Bostic St. Clair
John Grinder & Carmen Bostic
2001-12-31



NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
ニューコードNLPスクール


NLPの3番目のモデル:ミルトンモデル(1)

John&Carmen07




NLPの3番目のモデル:ミルトンモデル


1975年にバンドラー、グリンダー、ベイトソンは全員、個々の住居をカリフォルニア州ベンローモンドのアルバロード1000番地に持っていました。その年の後半に「魔術の構造 第1巻」として出版されたものの原稿版は、バンドラー、グリンダー、プセリックの3人の男性の周りに集まって彼らの研究を手助けしようとしていた興奮した人々のグループの間で回覧されていました。ベイトソンは数週間前にこの原稿のコピーを提供されていました。グリンダーとバンドラーは、彼らが達成しようと試みていたことを彼に認めてほしいと望んでいました。彼らの希望は、電話でベイトソンのところにやってくるよう招待され、知的な饗宴−何時間も続いたベイトソンとの並外れた刺激的な議論−をご馳走になった時に満たされました。

 

グレゴリー(訳注:グレゴリー・ベイトソン)は、ダイニングルームに長い木製のテーブル−神秘的なノルマン調で、ダークウッドの切りっぱなしで、頑丈な、価値のある一品−を置いていました。グレゴリーは、まるで裁判を行うかのように、この奇怪なものの一端に身を置き、二人の若い男性に自分のすぐ右隣(グリンダー)と左隣(バンドラー)に座るように指示しました。その後の会話は魅惑的でした。注目すべきことに(そしてグリンダーとバンドラーにとってその当時でもそう思われたように)、その原稿の中で詳しく研究されたベイトソンのパターン化の運用能力はあまりにも完璧だったので、実際にそれを議論するのにほとんど時間が費やされませんでした。

 

グレゴリーは独り言を言いました。その大部分はMRI(訳注:Mental Research Institute)で彼と彼の同僚が行った研究の思い出話であり、それから(彼が後に魔術の構造の序文で明確に述べたように)私たちが実際に発見しこの本の中でコード化したことをどのように彼と彼の仲間が見逃していたか−「どのように議論が言語学から上手く引き下げられたか、彼が病理学と文化的パターンから始めたことを試みることがどれほど混乱していることだったか」−についての妙に準謝罪的な解釈でした。彼は快く本の紹介文を書くことを申し出、そしてもはや関連性のない古くて反復的な夢から目覚めたかのように、好奇心と知性で輝く知的で容赦のない深い眼で私たちをそれぞれ順番にじっと見つめながら言いました。

 

 OK、貴方たちがしたことは非常に良いことですが、魔術の構造にあることは、少し前に起こったことだと確信しています。私の質問は、貴方たちがメタモデルをコード化してから何を発見したのか、ということです。

 

私たちは魅了されました−ここにいたのは、知的な巨人として容易に認識され、当時私たちが頭をいっぱいにしていた新しい一連のパターン化に飛躍するために私たちがどうしていたかを十分に理解した男でした。

 

 よくやった。そして・・・

 

リチャードと私は畏敬の念を抱きながら彼の質問を聞き、完全に同意しながらお互いを見て、明言をする前に経験における句読点の重要性を示すために崖に潜る人(クリフダイバー)のように一時停止し、そして努力なく私たちから流れ出す説明の大きな波を解放しました。

 

今や快活な様子で、グレゴリーは私たちを美しく編成しました−まるで追いかけられているように私たちがパターン化に突進している間、彼は私たち二人に耳を傾けました。時には私たちのうちの一人が、時には別の一人が、時には私たちの両方が同時に、彼の広大な知性を私たちの所見で満たすことを試みているかのように話しました。彼は私たちの間に座り、彼の目は水平線の上の特別な点に固定され、何ヶ月もの私たちの仕事の報告を徹底的に処理しました。

 

時々、彼は流れを凍らせ、興奮を冷まし、椅子にもたれかかり、前方の大きなテーブルや彼の左側に視線を落とし、この二人の狂人をより浅い水の中へと導く質問−彼の豊かな内なる王国をつなぐパターンを完成させる質問であり、彼の世界の知性に70年以上関与して集めた質問であり、彼が理解できないプロセスを続けることを欲した答え−を作りました。

 

私たちは二匹の犬のように、主人が行きたいと思われるところに案内しようとし、時々先を走り、時々彼をじりじりと追い上げ(nipping his heels)、常に彼の手がかりに注意を払い、常に彼の意図に忠実でした。

 

そして私たちは疲れ切って爽快な気分で、ついに私たちの長い登りの終わりに三人一緒に到着しました。今や私たちは、より思慮深く、もはや新しいものに追い立てられず、目下今という時に興味をもち、椅子に深く座っていました。

 

彼の豊かな声に新しいトーン−これまでに表現されたものより、さらに深い感情を示唆するもの−がありました。長い登りの間に鮮やかに光っていた彼の知性の鋭い刃は覆われました。間違いなく、何十ものケーススタディ、それぞれが独自の説得力のある比喩を伴ったライフストーリーの中で、長い間で初めて何かが彼を深く感動させました。彼は、彼の青春期からの特定の出来事、彼の愛する兄ジョンの喪失と続行していないスイスでの選択の喪失について−全てがまるで自身の物思いにふけっているかのようで、私たちの注意深くしかし受動的な存在の中で快適であるかのように−静かに語りました。彼はついに自分の要求を満たし、そして注意をもう一度私たちに向けました。

 

今や彼の助言は彼から私たちへと緩やかに移動しました。それは逆進する波でしたが、より洗練され、正確でした。彼はこのように多くのことを話しました−私はその二つだけ言及します。

 

彼は私たちが協力しながらどれくらいの時間一緒に働いてきたのか尋ねました。私たちは「約3年間」と答えました。彼は、このような生産的で革命的なコラボレーションは滅多に起こらず、しばしば短命であるので、毎瞬を大切に楽しむことを強く勧めました。リチャードと私は互いの目を引いて、不死性についての一定の知識と、他の人間達が尽力したパターンからの決定的に認められた例外のみからくる信頼を、そのきらめきで確認しました。

 

彼は、私たちが他の誰にこれらの投稿した「魔術の構造 第1巻」のパターンを提示したのか尋ねました。私たちは、「貴方以外には誰も」と答えました。彼は、どのような前向きなステップを講じるべきか確信がないと述べましたが、以下を指摘することによって彼のアドバイスを終えました。

 ・・・今日の午後にここで貴方たちが私に紹介したものより少なかったのに、彼らはジャンヌダルクを火あぶりにしたのだ。

次のページ「NLPの3番目のモデル:ミルトンモデル(2)」に続く


森林01










Whispering In The Wind p.173-175
Part: The Eye of the Storm
Chapter 1: Contexts of Discovery

NLP's Third Model: The Milton Model


1975, Bandler, Grinder and Bateson all had their individual residences at 1000 Alba Road, Ben Lomand,California. The manuseript version of what would be published later that year as The Structure of Magic, volume I had been circulating among an excited group of people who had collected around the three men, Bandler, Grinder and Pucelik and who were assisting them with their research. Bateson had been provided with a copy of this manuscript some weeks earlier - Grinder and Bandler hoped that he would recognize what they had attempted to accomplish. Their hopes were more than met when they were invited by phone to come over to Bateson's place where they were treated to an intellectual feast - a remarkable and stimulating discussion with Bateson that lasted hours.

Gregory had a long wooden table in his dining room - one worthy of a mythical Norseman, rough-hewn of dark wood and sturdy. Gregory pointedly positioned himself at one end of this monstrosity as if conducting court and indicated to the two younger men to seat themselves immediately at his right (Grinder) and left (Bandler). The conversation that ensued was enchanting. It is noteworthy (and it seemed so even at the time to Grinder and Bandler) that Bateson's command of the patterning worked up in themanuscript was so complete that little time was spent on actually discussingit.

Gregory offered a soliloquy, in large part reminiscences of the research he and his colleagues at MRI had conducted and then a strangely semi-apologetic rendering of (as he later clearly stated in his Introduction to The Structureof Magic) how he and his associates could have missed what we had, in fact, discovered and coded in the book - "how well the argument flowed from the linguistics, how confusing it had been to attempt what he had done starting with pathology and cultural patterns." He graciously offered to write an Introduction to the book and then, as if rousing himself from an old and repetitive dream no longer of relevance, he fixed each of us in turn with his deep intellectually unforgiving eyes glinting with curiosity and intelligence and said

 OK, boys, what you have done is very good, but I am certain that what's in The Structure of Magic happened some time ago - my question is whathave you found since coding the meta model.

We were enchanted - here was a man, easily recognizable as an intellectual glant, who understood well enough what we were about, to leap to the new ets of patterning that were obsessing us atthe time.

 

 Well done and...

Richard and I listened to his question in awe, looked at one another with perfect agreement, paused like cliff divers tomark the importance of that point of punctuation in experience before committing and then released a great wave of descriptions that flowed from uswithout effort.

Buoyant now, Gregory orchestrated us beautifully - he would sitlistening intently to the two of us as we rushed forward into the patterning as if pursued. Sometimes one of us spoke, sometimes the other, sometimes both of us simultaneously as if attempting to fill his vast intelligence with our observations. He sat there between us, his eyes fixed at that special pointabove the horizon, processing thoroughly the reports of months of our work.

From time to time, he would freeze the cascade, breaking the spell, leaning back in his chair, dropping his gaze to point on the great table forward and tohis left, shaping the question that would guide these two madmen into shallower water - the question that would complete the pattern that connects in his rich internal kingdom, assembled over 7 decades of participation with intelligencein the world about him, the answer he wanted to continue his incomprehensible process.

We were like two dogs, attempting to guide their master to where they believed he wanted to go, sometimes dashing on ahead, sometimes nipping at hisheels, always attentive to his cues, always loyal to his intention.

The three of us arrived together then finally at the end of our long climb, exhausted and exhilarated. We sat back now, more thoughtful, no longer driven into the new,and presently curious about the now.

There was a new tone in his rich voice - one suggesting deeper emotions than thus far expressed. The sharp edge of his intelligence that had flashed brilliantly throughout the long climb was sheathed. No doubt,among the dozens of case studies, the life stories, each with its own compelling set of metaphors, something had stirred deep within him for the first time in a long time. He quietly recounted certain events from his youth, the loss of his dear brother John and of choices in Switzerland not pursued - all as if musing to himself, comfortable in our attentive, but passive presence. He worked it out finally then to his own requirements; and turned his attentiononce again to us.

His counsel now rolled softly from him to us, areciprocal wave, but more refined and precise. He spoke of many things in thisway - I will mention but two:

He asked how long we had been working together, collaborating. We responded, "Three years about" - He urged us tosavor every moment as such productive and revolutionary collaborations were rare occurrences and often short lived. Richard and I caught each other's eye,confirming with a twinkle the confidence that only comes with certain knowledge of immortality and an irrevocably granted exception from the patterns other members of the species labored under.

He asked who else we had presentedthese post Magic I patterns to - we replied, "To no one other thanyou." He indicated he was unsure of what positive steps to take but hefinished his advice by pointing out that

 ....they burned Joan of Arc for lessthan you have presented me here this afternoon.


Whispering In The Wind
John Grinder & Carmen Bostic St. Clair
J & C Enterprises
2001-12-31






NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
ニューコードNLPスクール


NLPという名称について

NLP という名称は、Neuro-Linguistic Programming の略称で、日本では「神経言語プログラミング」と訳されています。Neuro-Linguistic Programming(神経言語プログラミング)という名称は、NLP の特徴を端的に表すものとなっています。

Neuro(神経の)
外の世界との接点は、五感の感覚受容体です。感覚のメッセージは、受容体から脳の皮質投射に変換され、感覚に基づいた外側の世界の表象(representation)が作成されます。

 ・視覚
 ・聴覚
 ・体感覚
 ・嗅覚
 ・味覚


Linguistic言語の)
私たちは、言語を通して感覚的経験をコード化し、個人的な意味を作り出します。私たちは、現在の感覚情報の流れを以前にコード化した表象(representations)と比較してマッピングすることにより、これを行います。次に、私たちは言語の記述をラベルにマッピングします。

 ・コード化された表象
 ・自然の言語
 ・フィルター


Programming(プログラミング)
(上述の)処理がされてきたものに反応する私たちの内側および外側の出力パターン。

 ・微妙な非言語の外側の変化
 ・内側の変化
 ・明示的な行動
 ・言語表現 


脳01














NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
ニューコードNLPスクール



NLPという名称について



Neuro-Linguistic Programming(NLP)is a behavioral model, and set of explicit skills and techniques, founded by Richard Bandler and John Grinder in early 1976.

NLP(神経言語プログラミング)は、1976年にリチャード・バンドラーとジョン・グリンダーが創始した行動モデル、および、一式の明示的なスキルとテクニックである。

Defined as the study of the structure of subjective experience, NLP studies the patterns or “programming” created by the interaction between the brain(“neuro”), language(“linguistic”)and the body. 

「主観的経験の構造の研究」と定義されるNLPは、脳(『神経』)、言語(『言語』)、そして身体との相互作用によって生み出されるパターン、または『プログラミング』を研究するものである。

From the NLP perspective, it is this interaction that produces both effective and ineffective behavior, and is responsible for the processes behind both human excellence and pathology.

NLPの視点では、これは、効果的行動と非効果的行動の両方を生み出す相互作用であり、人間の卓越性と病理学の両方の背後にあるプロセスを適切に理解することができる。

Many of the skills and techniques of NLP were derived by observing the patterns of excellence in experts from diverse fields of professional communication including: psychotherapy, business, hypnosis, law, and education.

NLPのスキルとテクニックの多くは、心理療法、ビジネス、催眠、法律、教育などをはじめとする、プロのコミュニケーションの多角的な分野のエキスパートによる卓越性のパターンを観察することから開発された。


引用:
Encyclopedia of Systemic Neuro-Linguistic Programming and NLP New Coding 
p.849 “Neuro-Linguistic Programming(NLP)”
(最終閲覧日2019年02月12日)
http://nlpuniversitypress.com/index.html

本02














NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
ニューコードNLPスクール


NLPを存続させるためには

ジョン・グリンダー博士の言葉

「1970年代、私とバンドラーが行ったさまざまな帰納法的ワーク(例えば、卓越した心理療法家がセラピーを行っている場面のVTRを何度も繰り返して見ることによって、膨大な生のデータから、その卓越した心理療法家の言語や行動パターンの公式を見出すワーク)の結果、NLPという新しい体系を作り出しました。そして現在、NLPは、ビジネス、教育、司法、セラピー、プレゼンテーション、スポーツ、芸術など、さまざまな分野において幅広く浸透しています。そして今後も、ほぼすべての分野に深く行き渡っていくことでしょう。しかし私の見るところ、1970年代に私とバンドラーがNLPを創始したあとは、NLPの(さまざまな分野への)適用というものだけが存在してきているようで、私とバンドラーが行ったような、努力をして新しいものをクリエイトするNLP実践者が新たに出てこない限り、NLPは今後、徐々に衰退していき、やがて消滅してしまう可能性があると思っています。」


John01
















NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
ニューコードNLPスクール


NLP最初の著作

本02












NLP was originated by John Grinder (whose background was in linguistics) and Richard Bandler (whose background was in mathematics and gestalt therapy) for the purpose of making explicit models of human excellence.

NLPは、人間の卓越性に関する明快なモデルを作成する目的で、ジョン・グリンダー(背景は言語学)とリチャード・バンドラー(背景は数学とゲシュタルト・セラピー)によって創始された。

Their first work, The Structure of Magic Vols.& (1975 & 1976), identified the verbal and behavioral patterns of therapistsFritz Perls(the creator of Gestalt Therapy) and Virginia Satir (internationally renowned family therapist).

彼らの最初の著作、『魔法の構造,第鬼 & 第挟』(1975年 & 1976年)では、フリッツ・パールズ(ゲシュタルト療法の創始者)とヴァージニア・サティア(家族療法の国際的な第一人者)の2人のセラピストの言語と行動のパターンが考察された。

The Structure of Magic: A Book About Language and Therapy
John Grinder
Richard Bandler
Science & Behavior Books
1975-06







Their next work, Patterns of the Hypnotic Techniques of Milton H. Erickson, M.D. Vols. & (1975 & 1977), examined the verbal and behavioral patterns of Milton Erickson, founder of the American Society of Clinical Hypnosis (ASCH) and one of the most widely acknowledged and clinically successful psychiatrists of our times.

彼らの次の著作、『ミルトン・エリクソンの催眠的テクニックのパターン、第鬼 & 第挟』(1975年 & 1977年)では、米国臨床催眠協会の創設者で、現在、もっとも広く認知され、臨床的に成功した精神科医ミルトン・エリクソンの言葉と行動のパターンが考察された。

Patterns of the Hypnotic Techniques of Milton H. Erickson, M.D.
John Grinder
Richard Bandler
Metamorphous Advanced Product Services
1975-06



Patterns of the Hypnotic Techniques of Milton H. Erickson VOLUME2
John Grinder
Richard Bandler
Metamorphous Advanced Product Services
1975-06




引用:
Encyclopedia of Systemic Neuro-Linguistic Programming and NLP New Coding 
p.850 “Historical Overview of NLP”
(最終閲覧日2019年02月11日)
http://nlpuniversitypress.com/index.html
本01





  








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