インナーゲームについて、デンマークの科学ジャーナリストであるトール・ノーレットランダーシュが述べているものを、下記に紹介します。
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物事を行なう能力を高めるための、数ある解説書の一冊『インナー・ゲーム・オヴ・ミュージック』は、重要なテクニックとして〈過負荷〉(Overload)を提唱している。テニスやゴルフ、スキーに関するこの著書の中で、W.ティモシー・ゴールウェイは、セルフ1とセルフ2という概念を展開し、この二元論が提起する問題を示している。
セルフ1は、本書でいう〈私〉におおむね相当する。問題は、セルフ1がどうしても万事を制御し、決定したがる点にある。だがテニス選手や音楽家として、事を遂行するのはセルフ2だ。うまいフォアハンドの打ち方を知っているのはセルフ2なのだが、セルフ1は自分がどう見えるか、次のショットをどう打つべきか、今のフォアハンドはどうだったかなどを気にする。セルフ1は妨害し、混乱を引き起こす。それに対して、セルフ2は可能性の宝庫、私たちがやってのけられることすべての母体だ。
音楽家やテニス選手やスキーヤーにとって厄介なのは、内面におけるセルフ1とセルフ2の葛藤だ。そっとセルフ2を働かせておけば、素晴らしい出来になるかもしれないのに、心配性のセルフ1がたえず邪魔をする。目標は、セルフ2が象徴する、「是非の判断をしない、純粋な自覚の状態」に達することだ。それが許されるときの話だが。
ゴールウェイと、共著者で音楽家のバリー・グリーンは、セルフ2に才能を発揮させるテクニックをあれこれ示している。なかでも非常に重要なものとして、〈過負荷〉が挙げられる。「取り組むべき課題を過剰に与えて頭をショートさせると、注意を向けることが多くなりすぎて、もはや心配している暇などなくなる。そして、セルフ1が『チェックアウト』し、セルフ2を『チェックイン』させることもある」単純な発想だ。バイオリンの弓の扱い方を覚えたかったら、何かほかのことに注意を集中しながら試みるのが、よいアイデアだということもありうる。「それまでコントラバスを弾いた経験のない人が、『メリーさんの羊』を、フルサウンドで正確に演奏すること、しかも笑顔で歌い、聴衆にも一緒に歌うように指示しながら演奏することを、わずか15分のうちにすっかり覚えられると言われたら、私はまったく信じなかっただろう」と、グリーンとゴールウェイは書いている。
〈過負荷〉(Overloading)がかけられているということは、意識ある〈私〉、つまりセルフ1にチャンスがないということだ。二人が提案するテクニックには、「馬鹿げた考えに身を委ねる」というものもある。たとえば、自分はコントラバスを弾いている魚だと思うといい。自己を過大視することがなくなり、物事がずっと容易になる。
これこそ、祈りや瞑想が人間の心に確かな影響を与える原因ではないだろうか。呪文や聖句を唱えているために、言葉のチャネルがいっぱいになる。わずかしかない言葉の帯域幅が、慣れ親しんだ言葉で占められてしまうので、思考(thinking)の入り込む余地がなくなる。考えないようにすることも、瞑想における重要なポイントだ。あれこれ思案させられることのない、おなじみの事柄に言語のチャネルを集中させることで、頭の残りの部分が、祈りや瞑想の対象に解放される。
習慣化した言葉は、「内面の無線送信機」を遮り、〈自分〉に力を発揮させる呪文になりうる。
舞台監督キース・ジョンストンは、あらゆる演技の基礎、とりわけ、自由な即興演技の基礎となる、類稀な没頭術が身につくように、役者を訓練する一連の手法を開発した。最大の問題は、当人の勇気、率直さが求められる点だ。自己制御と自己開発の関係にまつわる、貴重な経験的知識の宝庫である著書『即興演劇』に、ジョンストンはこう書いている。「もし観客の前でなりゆきに任せて即興をするのなら、自己が奥底までさらけ出されるのを覚悟しなくてはならない」どんな場合も、問題は自分自身を信頼する勇気があるかどうかだ。ジョンストンによると、役者は「失敗することが心配なら、まず考えなくてはならないだろう。遊んでいる気分なら、自分の手が勝手に決断するのを許すことができる」
(「ユーザーイリュージョンー意識という幻想」p.328-330より)
※トール・ノーレットランダーシュ(Tor Norretranders)
1955年デンマーク・コペンハーゲン生まれ。ロスキレ大学で環境計画と科学社会学で修士号取得。科学ジャーナリストとして、新聞・雑誌、テレビ、ラジオなどで広く活躍、北欧を代表するサイエンス・コミュニケーターとして知られている。1965年デンマーク作家協会からノンフィクション賞、1966年デンマーク出版クラブから普及賞を受賞している。
NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
ニューコードNLPスクール
記事更新日:2022/11/26