New Code NLP School

NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士とNLP共同開発者カルメン・ボスティック・サンクレア女史が監修するニューコードNLPスクールの公式ブログです。

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ミルトンモデル誕生の経緯

エリクソン催眠療法コース開催に向けて

グリンダー博士によるミルトン・エリクソン催眠療法コース

NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士による「ミルトン・エリクソン催眠療法コース」が開催されます。このコースの開催に向けて、コースを主催する日本NLP学院に向けてグリンダー博士からメッセージが届いていますのでご紹介します。

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親愛なる日本のみなさまへ

私たちカルメン・ボスティックとジョン・グリンダーが、日本NLP学院主催の6日間コースにみなさんをお招きします。

私たちは、このコースで、催眠に関するプレゼンテーションとデモンストレーションを行います。参加者のみなさんは、あなた自身と他の人を有益な変性意識状態に誘導するためのパターンを体験、習得、練習し、試してみることにより、催眠をマスターしていく道のりを歩きはじめます。そして、変性意識状態に入り、その状態を活用する人が、自分の目的やゴールを達成できるようになるために、変性意識状態をどう活用したらいいのかを学びます。

現代の発展した技術社会に生きる一員なら誰しも、異なる状況、たとえば家族や仕事、遊び、社交的なつきあい、儀式、パートナーシップ、結婚、友情といった状況に対して完全かつ効果的に、そして芸術的にかかわるために、それぞれ異なる精神状態に自分を変える能力を持つ必要があります。このことは、自らを振り返ってみればわかるでしょう。

これまでの歴史で催眠と言われてきたことは、状況に応じて精神状態の変化を選択する能力について、少々古めかしい流儀で呼んだものなのです。 現代の技術社会における断片的な性質からみて、日本においても、またアメリカのような西洋諸国においても、効果的にパフォーマンスする能力には、この精神状態を変える能力を必要とします。ですから参加者は、与えられた状況のいずれにおいても、良いパフォーマンスを可能とす
る変性意識状態を選び、そこに入り、保持し、フル体験することについて選択肢を持つことの価値を、簡単に評価できるようになるでしょう。


このトピックについてこのように考えると、現代社会のチャレンジにうまく対応するためのノーマルで適切なスキルとして、変性意識状態を選び、そこに入り、保持する能力を持つことを学ぶ重要性が明らかになります。

これが、今回の6日間セミナーで私達が教えるパターン適用の目的とするところです。  


変性意識状態のワーク周辺には、主に2種類の選択があります。


(1)自己適用
あなたが今いる状況、または今から入ろうとする状況と関連のある、特定の変性意識状態をどのように選び、そこに入り、保持するか。

(2)他者への適用
この人がいる、または入ろうとしている状況と関連のある特定の変性意識状態を選び、そこに入り、保持するのをどのように助けるか。

これら二つの適用に共通しているものが、変性意識状態のワークと関連のある二つの大きなスキルです。


a) 変性意識の誘導
一つの変性意識状態から別の変性意識状態へ、どのように移るか。


b) 変性意識状態に達した後の活用
あなたが変性意識状態を選び、そこに入ることに成功したら、どのようにその状態を使ってあなたの目的を達成するか。または、あなたが他の人を適切な変性意識状態に誘導することに成功したら、どのようにその人が目的を達成するのを助けるか。


以下は、これら2種類の適用、自己適用と他者への適用に関するパターンの概観です。

 

<誘導>

主なことは以下のような質問です: この状況に対応できる適切な変性意識状態を選び、誘導するために使える選択肢にはどんなものがあるだろうか。 誘導には主に二つのやり方があります。言葉を使ったものと、使わないものです。典型的には、実際の適用において、言葉を使った誘導と使わない誘導が複雑にミックスされています。言いかえると、有用な変性意識状態へ誘導するために使える、言葉を使った役に立つパターンはたくさんありますが、オペレーター(誘導する人)の言葉を使ったパターンに伴った言葉を使わない行動の方がより、言葉を使ったパターンそのものより、変性意識状態に達するのに影響力があるでしょう。面と向かってのすべてのコミュニケーションと同様、主な影響力は、言葉を介さないコミュニケーションの中にあるのです。加えて、言葉を介したコミュニケーションを一切使わずに、大変有用な変性意識状態を誘導することは可能なのです。セミナーの中で、言葉を介した誘導、介さない誘導のそれぞれの例、そしてより典型的な、両方のミックスされた誘導が見せられ、生徒はこれらの誘導をスーパーヴィジョンのもとで練習し、テストする機会が与えられます。また、自分独自の誘導を作り、その効果をテストする機会も与えられます。

 

<観察>

人間の、面と向かってのコミュニケーションのすべてと同じように、望んだ変性意識状態を誘導する際、オペレーターが対象者に行うパターンのどれをどの順番で使えば効果的か、確証を持って予想することはできません。しかしながら、こうした誘導を始める方法について、いくつかの素晴らしい選択肢があります。誘導を始めたら、大切なことはオペレーターの観察能力と、次の適切なパターンの選択に移ります。観察は、もちろん、面と向かってのコミュニケーションで用いるすべてのスキルの母となるものです。そして、私たちの生徒なら皆すでに学んでいるように、プロのコミュニケーターにとって、観察スキルを絶えず向上させることは、終わることのないコミットメントです。さらに言えば、このセミナーで提示する真髄となるものは、クライエントの無意識から自然に起こってくるコミュニケーション(特にノンバーバルのもの)と、意識的なバーバルコミュニケーションとより緊密な関係を持つノンバーバルコミュニケーションの区別をつける能力を生徒に紹介することです。これら2種類のノンバーバルコミュニケーションの区別をつける能力は、変性意識のコミュニケーションをマスターしたいと望む人にとって必要不可欠なスキルです。

 

<活用>

これらの観察スキルと共に、このセミナーにはもうひとつ鍵となる要素とフォーカスするものがあります。活用のパターンです。自己適用においても、一人または複数の他者への適用においても、その人の無意識プロセスで指示される広くて深いパターンの範囲です。自分または他者の無意識とコミュニケーションをとるためにデザインされたパターンもまた、変性意識状態のコミュニケーションを効果的に行うために必要不可欠な要素です。多くの時間が、これらのパターンの提示と練習の両方に捧げられることになります。これらのパターンの多くは、前述の参考図書(ミルトン・エリクソンの催眠テクニック1巻、2巻)の中で解説されています。このセミナーの参加者には、これら2冊を手に入れるよう強く勧めます。「ミルトン・エリクソンの催眠テクニック1巻、2巻」というタイトルで、日本語に翻訳されています。

 

<幅広い状況への適用>

このセミナーの最終的な要素となるのは、上記で簡単に説明した通り、誘導と活用のテクニックをいろいろな状況で様々に活用することと、異なる状況に合うように、具体的にどうそれらを変更するかです。参加者はこれらの変性意識パターンを、どこで、いつ、そしてどんな目的のために適用したいのかを、詳しく注意深く考えるべきです。


私達(カルメン・ボスティックと私)は、参加者がこうした実際の適用をいくつか明らかにすることを強く求めます。それは、参加者の目的が、セミナーが行われている間に達成されることを確かにするためです。


ジョン・グリンダー、カルメン・ボスティック・サンクレア

ボニードゥーン、カリフォルニア

2014年8月



上記の文章は日本NLP学院のサイトより引用しています。

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2015年4月24日より、ジョン・グリンダー博士とカルメン・ボスティック・サンクレア女史によるエリクソン催眠療法コースが開催されます。興味のある方はこちらをご覧ください。

グリンダー博士によるエリクソン催眠療法コースのお知らせ

グリンダー博士によるエリクソン催眠療法コースのお知らせ

グリンダー博士によるミルトン・エリクソン催眠療法コース

NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士による「ミルトン・エリクソン催眠療法コース」が開催されます。このコースでは、NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士とNLP共同開発者カルメン・ボスティック・サンクレア女史によるプレゼンテーションとデモンストレーションを通じて、自分や他者にとって有益な変性意識状態に誘導するパターンを体験することができます。また、それらを習得し試してみることで、催眠をマスターするための道を歩きはじめることが可能になります。さらに、変性意識状態に入ってその状態を活用し、自分自身の目的を達成したりゴールに到達したりするための方法を学ぶこともできます。ミルトン・エリクソンの催眠誘導法をNLPの創始者から学べるチャンスです。ご興味のある方のご参加をお待ちしています。

グリンダー博士からのメッセージ「エリクソン催眠療法コースに向けて」

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催眠療法コースのご案内

〔主催〕日本NLP学院
〔講師〕ジョン・グリンダー博士、カルメン・ボスティック、サンクレア女史
〔会場〕LMJ東京研修センター

〔日時〕
●2015年04月24日(金)10:00〜18:00
●2015年04月25日(土)10:00〜18:00
●2015年04月26日(日)10:00〜18:00
●2015年04月27日(月)10:00〜18:00
●2015年04月29日(水)10:00〜18:00
●2015年04月30日(木)10:00〜18:00

〔受講料〕590,000円(テキスト代、認定証代、税込)
※受講料の早期割引制度があります。詳細は日本NLP学院にお問合せ下さい。

〔お問合せ・お申込み〕日本NLP学院

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ミルトン・エリクソンの催眠誘導

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【ミルトン・エリクソンの催眠誘導】

ミルトン・エリクソンの催眠誘導の方法や治療の仕方は非常に独創的であり、ある意味では催眠の概念を書き換えるような革命的なものでした。エリクソンは、従来の催眠療法家が行っていたような形式的な誘導はあまり用いず、通常の会話をしながら、いつのまにか相手をトランス状態に誘導するという方法をとっていました。

従来の直接暗示による催眠誘導では、被催眠者によっては心理的抵抗が働いてしまい、うまく催眠状態に入れないことがあります。エリクソンは、被催眠者に心理的抵抗が起こらないように、自然で間接的な手法を取りました。もちろん、直接暗示を使うこともありましたが、曖昧な表現物語メタファー間接暗示などを多用しました。これらの技法は、治療者の意図がクライアントには気づかれにくいため、心理的抵抗を生じさせずに自然な変化を引き起こすことができたのです。

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【ユーティライゼーションという概念】

ミルトン・エリクソンは、「そもそも治療に抵抗するクライアントなどいない。柔軟性に欠ける治療者がいるだけだ」という言葉を残しています。そしてエリクソンは、クライアントが好んでいるものや興味を向けているもの、信じているものや行動様式など、クライアントが持っているもの、あるいは外に表現しているものを何でも利用して催眠誘導をしたり、治療ベースに乗せたりしていました。

例えば、不安でじっとイスに座っていられないクライアントに対して、エリクソンは、部屋中を歩き回るように指示し、さらに歩き方を細かく指示しているうちに、クライアントはイスに座って静かに催眠状態に入っていったというケースがあります。このように、クライアントの問題と思えるような行動、あるいは症状さえも、それを解決するための能力やノウハウとして使い、自然かつ安全なトランスに導き、治療を行っていました。このようなアプローチをユーティライゼーション(Utilization)=利用できるものは何でも利用する」と呼ばれています。

ミルトン・エリクソンが行っていた催眠テクニックは、従来の伝統的催眠(古典的催眠)とは区別して、現代催眠あるいはエリクソン催眠と呼ばれています。

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NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
ニューコードNLPスクール


ミルトンモデルのパターン概要

NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士とリチャード・バンドラーは、ミルトン・エリクソンが主催するセミナーやプライベート・セッションなどを観察し、彼の言葉と行動のパターンを研究し、「ミルトンモデル」を生み出しました。そして、1975年と1976年にそれぞれ1冊ずつ、「ミルトン・モデル」の内容を完全記述した書籍を出版しました。

Grinder,J.and Bandler,R.“Patterns of the Hypnotic Techniques of Milton H.Erickson,M.D.”Vol..Meta Publications,1975

Grinder,J.and Bandler,R.“Patterns of the Hypnotic Techniques of Milton H.Erickson,M.D.”Vol..Meta Publications,1976

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上記2冊の日本語版が春秋社より出版されました。

「ミルトン・エリクソンの催眠テクニック」(言語パターン篇)リチャード・バンドラー&ジョン・グリンダー共著/浅田仁子訳(春秋社, 2012.4.25)

「ミルトン・エリクソンの催眠テクニック」(知覚パターン篇)リチャード・バンドラー&ジョン・グリンダー共著/浅田仁子訳(春秋社, 2012.4.25)

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【ミルトンモデル・パターン概要】

■逆のメタモデル・パターン(The Inverse of the Meta-Model Pattern)

〔A〕情報の削除(意図的に情報を削除するパターン)
1.名詞化(Nominalization)
2.不特定動詞(Unspecified Verb)
3.不特定名詞(Unspecified Noun)
4.単純削除(Simple Deletion)

〔B〕意味論的な誤形成(意味に関する3つのパターン)
1.因果関係(Cause and Effect)
2.読心術(Mind Reading)
3.行為者の消失(Lost Performatives)
  =価値判断

〔C〕話し手のモデルの限界(聞き手のモデルを制限するパターン)
1.普遍的数量詞(Universal Quantifier)
2.除法助動詞(Modal Operators)

■ミルトンモデル・パターン(The Formal Milton Model Pattern)

〔A〕前提(presupposition)
1.時間をあらわす従属節(Subordinate Clauses of Time)
2.序数をあらわす言葉(Ordinal Numerals)
3.「または」という言葉の使用(Use of “or”)
4.認識に関する述語(Awareness Predicates)
5.形容詞と副詞(Adjectives and Adverbs)
6.時間の変化をあらわす動詞と副詞(Change of time verbs and adverbs)
7.論評をあらわす形容詞と副詞(Commentary Adjectives and Adverbs)

〔B〕間接的に引き出すパターン(Indirect Elicitation Pattern)
1.埋め込まれた命令(Embedded Commands)
2.埋め込まれた質問(Embedded Questions)
3.否定的な命令(Negative Commands)
4.会話体の仮定(Conversational Postulates)
5.アナログ・マーキング(Analogue Marking)

〔C〕間接的に引き出すパターン・追加モデル(More Indirect Elicitation Pattern)
1.音韻的両義性(Phonological Ambiguity)
2.統語的両義性(Syntactic Ambiguity)
3.範囲の両義性(Scope Ambiguity)
4.句読点の両義性(Punctuation Ambiguity)

〔D〕比喩のパターン(Patterns in Metaphor)
1.選択制限違反(Selectional Restriction Violations)
2.引用(Quotes)

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NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
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ミルトン・エリクソンの治療プロセス

ミルトン・エリクソンは、クライアントをトランスに誘導するために、「意図的に曖昧な言葉」を使用しました。

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(1)セラピストは、クライアントに、「意図的に曖昧な言葉」で語りかける。
   
(2)クライアントは、無意識的に、「自分の内的経験にあてはまる解釈」を始める。
   
(3)クライアントは、セラピストの言葉について、自分の内的経験にあてはまる解釈をしながら、次第に意識が分散されていき、「トランス状態」になる。
   
(4)トランス状態になると、「無意識との交流」が深まっていく。
   
(5)クライアントは、自然に、「自分の中にあるリソース」を見つけはじめる。   

スイレン








NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
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ミルトンモデルが誕生した経緯

文化人類学や精神医学の研究者グレゴリー・ベイトソン(Gregory Bateson)は、1972年〜1980年の8年間、カリフォルニア大学サンタクルーズ校(UCSC)の客員教授を務めました。このとき、同大学で言語学の助教授を務めていたジョン・グリンダー博士と大学院生リチャード・バンドラーは、グレゴリー・ベイトソンと師弟関係にあり、親交を深めていました。

グレゴリー・ベイトソン(写真右)
グレゴリー・ベイトソン









ある日、ベイトソンは、グリンダーとバンドラーに、「アリゾナ州フェニックスに、ミルトン・エリクソンという非常に卓越した催眠療法家がいるから、ぜひ彼を訪問して、彼の治療プロセスについて研究してみなさい」という提案をしました。そこで、グリンダーとバンドラーは、ベイトソンの提案に従い、1974年に、当時72歳だったミルトン・エリクソンの元を訪問しました。

ミルトン・エリクソン
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ミルトン・エリクソンは、1949年、47歳のときに、アリゾナ州フェニックスのサイプレス(Cypress)という地に精神科のクリニックを開業し、医師として活動していましたが、グリンダーとバンドラーが訪問したときは、すでに診療から退いていました。

グリンダーとバンドラーは、エリクソンが主催するセミナーやプライベートセッションなどを観察し、彼の言葉と行動のパターンを研究し、「ミルトンモデル」を生み出しました。そして、1975年と1976年にそれぞれ1冊ずつ、「ミルトン・モデル」の内容を完全記述した書籍を出版しました。

Grinder,J.and Bandler,R.“Patterns of the Hypnotic Techniques of Milton H.Erickson,M.D.”Vol..Meta Publications,1975

Grinder,J.and Bandler,R.“Patterns of the Hypnotic Techniques of Milton H.Erickson,M.D.”Vol..Meta Publications,1976

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上記2冊の日本語版が春秋社より出版されました。

「ミルトン・エリクソンの催眠テクニック」(言語パターン篇)リチャード・バンドラー&ジョン・グリンダー共著/浅田仁子訳(春秋社, 2012.4.25)

「ミルトン・エリクソンの催眠テクニック」(知覚パターン篇)リチャード・バンドラー&ジョン・グリンダー共著/浅田仁子訳(春秋社, 2012.4.25)

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NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
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NLPの3番目のモデル:ミルトンモデル(2)

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この素晴らしい会合の一週間後、グレゴリーは再び私たちを彼の家に呼び、私たちのモデリング技術を彼が何十年間も持ち続けてきた夢に役立てるよう促しました。マーガレット・ミードと結婚した30年代、そしてバリで共同の人類学のフィールドワークを行う準備の間に、彼ら二人は意識の変性状態に関する基礎について勉強する必要性を認識していました。ダンスのような特定の芸術活動に含まれるパフォーマンス状態を達成するための、通常社会的に期待され受け入れられた方法として、バリ人が公式にトランス状態に入ることは既によく記録されていました。広範囲な調査の後、彼らは医学催眠術の実践者の中で最も熟練しているという評判のあった反逆的な精神科医のミルトンH・エリクソン博士を知りました。ミルトン・エリクソン博士について費やした彼らの時間は、グレゴリーに、無意識のコミュニケーションにおけるその男の天才性を確信させました。グレゴリーがMRIの調査を率いた何年も後に、彼はジェイ・ヘイリーとジョン・ウィークランドを含む彼の研究グループのメンバー数人を、エリクソン博士が暮らし、彼の理解しがたい技術を実践していたフェニックスに送りました。グレゴリーがこの会話の中で困惑した表情で顔をしかめながら言うには、

 

 彼ら全員が彼らのこの老人の経験に夢中になって戻ってきたんだ!

 

このときまでに、リチャードと私はいくつかの彼の出版物を読むことを通してエリクソンについていくらか精通していて、私たちがこの注目すべき人へのアクセスを求めることを既に決心していました。リチャードはすぐに、彼がフェニックスに向けて今すぐ出発する準備ができていると答えました。私の声がこのような言葉を発しているのを聞いたときの私の驚きを想像してみてください。

 

 ありがとう、グレゴリー。しかし私はまだエリクソンのモデリングをする準備ができていません。

 

私たちはグレゴリーに、私たちはそのモデルを行うだろうが、それはまだである、と断言しました。リチャードは私のためらいを理解していませんでした−私自身がそれを明確に話せなかったのに、どうして彼がそれをできたでしょうか。私は、行かないことを十分に知っていました・・・まだ。

 

私が自分自身を整理することに成功し、フェニックスに行くことについて矛盾がない状態を達成するまでに、3ヶ月以上が経過しました。リチャードは喜びました−私たちはグレゴリーに電話をし、彼も同じくそのニュースに本当に喜びました。彼は自信満々に、私たちに先に行って飛行機に乗るように言いました−その間に、彼はエリクソン博士に電話をして手配をしたのでしょう。彼は私たちに、フェニックスに着いたらなるべく早く電話をするようにと指示しました。私たちは翌日フェニックスに到着し、そこのチェーンホテルの一つのスイートにチェックインし、グレゴリーに電話をしました。がっかりしたことに、彼の説明によると、彼はエリクソンに話をし、エリクソンは私たちに会うことにとても興味を持っていたが、彼はちょうど彼にとってひどく骨の折れるイベントである臨床催眠学会の年次総会を終えたところで、今から数日間、彼の3人の親しい生徒と一緒にこもることになっているとのことでした。

 

私たちは電話を終え、お互いを見て、仕事に取りかかりました。私たちは聖書(「催眠術と治療の高度な技術」、編集者であるジェイ・ヘイリーとエリクソン博士によって書かれた豊富な記事の概要)の写しを取りだし、様々な記事の中に多くのトランス誘導を見つけました。私たちは、私たちの目的のために必要と思われるものをどのようにこのパターン化から抽出するかについて合意するまで、次の一時間ほどの間これらの誘導について互いに読みました。テンプレート(鋳型)があると思われるまで、私たちは数時間かけてこれらの誘導を分析し、その様々なパターンを分類しました。メタモデルの区別と、エリクソンの仕事がとても上手く行われているという事実は、形式からコンテンツを分類することをとても簡単にしました。私たちは、全てのコンテンツの場所でエリクソンが関与したクライアントにとって適切な反応を引き出すために利用した資源を削除して、エリクソン博士に提示したい二つのメッセージの変形を挿入しました。

 

 今すぐ時間を作って下さい!

 

 今すぐ私たちに会って下さい!

 

そして時には十分大胆に

 

 今すぐ時間を作って私たちに会って下さい!

 

私たちは、エリクソン自身の誘導の変換版の一部を、新しいメッセージを埋め込んで書き出しました。それから私たちはコインをはじきました。私が勝ちました−私はエリクソン博士と電話でこの誘導を行わなければなりませんでした。私は、リチャードが私の視界の外で、彼の口に手ぬぐいを詰めたまま、バスルームにある電話で聞くように主張しました。この仕事は私が持っている全ての集中が必要でした−私はグリンダーからのどのような気を散らすものも必要とせず、望んでもいませんでした−笑いの形でも、忍び笑いでさえも。

 

私はベイトソンがくれた番号に電話をかけました−リチャードはバスルームでもう一つの電話を取り上げました。ミルトンの妻であり、一人前のとても素晴らしい催眠術師であるベティ・エリクソンに、彼女の夫が本当に私と話したがっていたということを納得させた後、私は深く心が奪われるような声が私の耳に話すのを聞きました。

 

 はあああい、エリクソン博士です。

 

彼の息づかいがはっきりと聞こえ、私は言いました。

 

 エリクソン博士、ジョン・グリンダーです。グレゴリー・ベイトソンが私を送り出しました。

 

そして休むことなく、私は誘導を始めました。2分半の間(私たちは電話の前に時間を計っていました)、私の最大限のそして非常に限られた知識の限りにマスター自身のパターンを活用し、私は自分の挿入したメッセージを含む誘導を行いました。私は、彼の呼吸がゆっくりになったこと、そして私が提示した誘導を彼が静かに受け入れ続けたことに大いに励まされました。私は自分の声をゆっくりにしていき、最後に単に止めることで誘導を終えました。少なくとも30〜45秒の時間が経ち(私にとっては永遠でした)、それから彼は呼吸を速め、単に言いました。

 

 君たち、すぐにここに来なさい!

 

続く10ヶ月は奇妙で素晴らしい経験でいっぱいでした−私たちはフェニックスでエリクソンと一緒に3〜4日かけて、彼が患者とワークをした時に微細筋肉運動を使って彼を見て、聞いて、モデリングしました。それから私たちは、声が聞こえる範囲にやって来た人たち誰にでも私たちが執拗にマスターしようと試みているパターン化で拷問を加えるためにカリフォルニアに急いで戻りました。

 

毎日の時間は、公式の文脈とそれ自体を提示した文脈の両方において、実践訓練に費やされました−私たちのテーブルにシーザーサラダを用意しているウェイターは、突然彼の足が床にぴったりくっついて歩けなくなったことに気がつきました。

 

それからフェニックスへのフライトで私たち二人の間の中央席を占めた幸運な女性がいました。彼女はこの小旅行をくしゃみと咳をしながら始め、症状なく終えました。私たちがしたことは、砂漠の乾燥した空気とその治癒力について静かに話し合っただけです。

 

私たちは、催眠接触の誘導期を習得したと確信してからは、変更された状態の利用に集中したいので、時間を節約するために、クライアントの再誘導シグナルを用意しました。全ては催眠で、何も催眠ではなく、屋根はきしみ、床は震えました!

 

私たちは明白な分析を試みることを拒否するようかなり訓練されました−エリクソンに直接会う前でさえ、メタモデルを特徴付ける構文変数のいくつかが、この天才の言語的パターン化にいくつかの興味深い方法で関与していたことは私たちにとって明らかでした。しかし、私たちは、エリクソンがフェニックスで無私に私たちに示し、彼の記事で詳細に説明したものと同じ反応を私たちのクライアントから引き出すという私たちの行動能力を満足させるまで、どんな説明も拒否しました。私たちは、聖書(催眠術と治療の高度な技術)にある全ての催眠効果と私たちが直接観察したものとを再現することに着手しました−私たちは熱狂的な狂信者でした。

 

以前のように、リチャードは私より前に準備ができていました−3回彼は私たちがそれ−「ミルトンH・エリクソン医師の催眠技術のパターン」として知られるようになったものの第1巻−を書くことを提案しました−そして、3回にわたって私の返事は、まだだよ、兄弟、でした。

 

私が内的な一致を達成した後、バンドラーと私自身による本(「ミルトンH・エリクソン医師の催眠技術のパターン」第1巻)の最初の草稿の実際の執筆は、およそ36時間のマラソンで達成されました−その後の仕上げと洗練は8時間未満でした。(つづく)


Whispering In The Wind p.175-178
Part: The Eye of the Storm
Chapter 1: Contexts of Discovery

NLP's Third Model: The Milton Model
  

One week after this remarkable meeting, Gregory again called us to his home and urged us to put our modeling skills inservice of a dream he had carried for decades. In the '30's, married to Margaret Mead, and during the preparation for doing joint anthropological field work in Bali, the two of them had recognized the need to educate themselves onthe fundamentals of altered states of consciousness. It had already been well documented that the Balinese officially enter trance states as a normal socially expected and accepted way of achieving the performance states involvedin certain artistic activities such as dance. After making extensive enquiries, they learned of a renegade physician psychiatrist who had the reputation forbeing the most skillful of the practitioners of medical hypnosis, Dr. Milton H.Erickson. Their time spent with Dr. Milton Erickson had convinced Gregory ofthe man's genius in unconscious communication. Many years ater when Gregory was heading up the MRI investigations, he dispatched a umber of members of hisresearch group including Jay Haley and John Weakland to Phoenix where Dr. Erickson lived and practiced his arcane arts. As Gregory sald wryly during this conversation with a bemused look,

 They all returned entranced by theirexperiences of the old man!

By this time, Richard and I had some familiarity with Erickson's through reading some of his published work and had already determined that we would seek access to this remarkable man. Richard immediately responded that he was prepared to leave now for Phoenix. Imagine my surprise to hear my voice uttering the words,

Thanks, Gregory, but I'm notready to do the modeling of Erickson yet.


We assured Gregory that we would do the model but not yet. Richard did not understand my hesitation - how could he, when I, myself, couldnot articulate it. I knew enough not to go... yet.

More than three months passed before I succeeded in sorting myself out and achieved a state of congruity about going to Phoenix. Richard was delighted - we called Gregory who likewise expressed genuine pleasure at e news. He confidently told us to go ahead andget on a plane - he would meanwhile call Dr. Erickson and make the arrangements. He instructed us to call as soon as we got to Phoenix. We arrived the followingday in Phoenix, checked into a suite at one of the chain hotels there andcalled Gregory. To our dismay, he explained that he had spoken to Erickson and that while he was quite interested in meeting us, he had just finished the annual meeting of the Society for Clinical Hypnosis - a taxing event for himand that he was sequestered with his three closest students for the next few days. 

We finished the phone call, looked at one another and went to work. We took a copy of the bible (Advanced Techniques of Hypnosis and Therapy, a richcompendium of articles written by Dr. Erickson with Jay Haley acting as editor) and located a number of trance inductions inside various articles. We readthese inductions to one another for the next hour or so until we agreed on howto extract from the patterning what we believed we would need for our purposes. We spent several hours analyzing these inductions, sorting through its various patterns until we thought we had a template. The distinctions in the meta modeland the fact that Erickson's work is so well done made it quite easy to sortthe content from the form. In all the content spaces we removed material Erickson had used to elicit the res ponses appropriate for the client involvedand inserted variants of the two messages we wished to present to Dr. Erickson:

 Make time now!
 
 See us now!

And sometimes daringly enough even

 Make time to seeus now!

We wrote out portions of the transformed version of Erickson's own inductions with the new messages embedded. We then flipped a coin. I won - I was the one who got to do the induction on the phone with Dr Erickson. I insisted that Richard listen on the phone that was in the bathroom, out of my line ofsight with a washcloth stuffed in his mouth. Doing this task would require allthe focus I had - I neither needed nor

wanted any distractions from Bandler - not in the form oflaughter or even giggles.

I placed the call to the number that Bateson hadgiven us - Richard picked up the other phone in the bathroom. After convincing Betty Erickson, Milton's wife, and a very good hypnotist in her own right, that her husband really did want to talk to me, I heard a deep riveting voicespoke into my ear,

 Yeeees, this is Dr. Erickson.

I could clearly hear hisbreathing and I said,

 Dr. Erickson, this is John Grinder - Gregory Bateson sent me.

and without pausing, I began the induction. For two and a half minutes (wehad timed it before the call), I moved through the induction containing the messages we had inserted, using to the best of my then quite limited knowledgethe master's own patterns. I was greatly encouraged by the slowing of his breathing and his continued acceptance by his silence of the induction I was presenting. I finished the induction by slowing my voice and simply finallystopping. A good 30 to 45 seconds followed (an eternity for me), then there wasa quickening in his breathing and he simply said,

 "You boys come over hereimmediately!" 

The succeeding 10 months were filled with strange and wonderful experiences - we would spend 3 to 4 days with Erickson in Phoenix watching, listening and modeling him with micro muscle movement as he worked with his patients. Then we would rush back to California to torture anyone whocame within hearing distance with the patterning we were obsessively attemptingto master.

Hours daily were devoted to disciplined practice, both in official contexts and in any context that presented itself - the waiter fixing the Caesar salad at our table suddenly found his feet were glued to the floor and wasunable to walk away.

Then there was the woman who had the good fortune to occupy the center seat between the two of us on a flight to Phoenix. She began thetrip sneezing and coughing and finished without a symptom and all we did wasalk to one another past her quietly about the dry desert air and its healing qualities.

We arranged re-induction signals with our clients once we had convinced ourselves that we had mastered the induction phase of the hypnotic encounter to save time since we wanted now to focus on utilization of altered states. Everything was hypnosis, nothing was hypnosis, the roof creaked, the floor trembled!

We were quite disciplined in refusing to attempt any overt analysis - it had been clear to us even before meeting Erickson directly that some of the syntactic variables that informed the meta model were involved in some interesting way with the linguistic patterning ofthis genius. However, we rejected any explication until we were satisfied withour behavioral competency in eliciting the same responses from our own clients that Erickson had both unselfishly demonstrated to us in Phoenix and had socarefully detailed in his articles. We set out to reproduce every hypnoticeffect in the bible (Advanced Techniques of Hypnosis and Therapy) as well asthose we had observed first hand - we were flaming zealots.

As before, Richardwas ready before I-three times he proposed that we write it - the first volumeof what came to be known as Patterns of the Hypnotic Techniques of Milton H.Erickson, M. D.  - and three times my response was, Not yet, bro'

Once I had achieved the internal congruency, the actual writing of the first draft of theb ook (volume I of Patterns of the Hypnotic Techniques of Milton H. Erickson,M.D.) by Bandler and myself was accomplished in a single marathon of some 36hours - the subsequent clean up and polishing less than 8 hours.


書籍01

















NLP共同創始者ジョン・グリンダー博士認定校
ニューコードNLPスクール


NLPの3番目のモデル:ミルトンモデル(1)

John&Carmen07








 












NLPの3番目のモデル:ミルトンモデル

1975年にバンドラー、グリンダー、ベイトソンは全員、個々の住居をカリフォルニア州ベンローモンドのアルバロード1000番地に持っていました。その年の後半に「魔術の構造 第1巻」として出版されたものの原稿版は、バンドラー、グリンダー、プセリックの3人の男性の周りに集まって彼らの研究を手助けしようとしていた興奮した人々のグループの間で回覧されていました。ベイトソンは数週間前にこの原稿のコピーを提供されていました。グリンダーとバンドラーは、彼らが達成しようと試みていたことを彼に認めてほしいと望んでいました。彼らの希望は、電話でベイトソンのところにやってくるよう招待され、知的な饗宴−何時間も続いたベイトソンとの並外れた刺激的な議論−をご馳走になった時に満たされました。

 

グレゴリー(訳注:グレゴリー・ベイトソン)は、ダイニングルームに長い木製のテーブル−神秘的なノルマン調で、ダークウッドの切りっぱなしで、頑丈な、価値のある一品−を置いていました。グレゴリーは、まるで裁判を行うかのように、この奇怪なものの一端に身を置き、二人の若い男性に自分のすぐ右隣(グリンダー)と左隣(バンドラー)に座るように指示しました。その後の会話は魅惑的でした。注目すべきことに(そしてグリンダーとバンドラーにとってその当時でもそう思われたように)、その原稿の中で詳しく研究されたベイトソンのパターン化の運用能力はあまりにも完璧だったので、実際にそれを議論するのにほとんど時間が費やされませんでした。

 

グレゴリーは独り言を言いました。その大部分はMRI(訳注:Mental Research Institute)で彼と彼の同僚が行った研究の思い出話であり、それから(彼が後に魔術の構造の序文で明確に述べたように)私たちが実際に発見しこの本の中でコード化したことをどのように彼と彼の仲間が見逃していたか−「どのように議論が言語学から上手く引き下げられたか、彼が病理学と文化的パターンから始めたことを試みることがどれほど混乱していることだったか」−についての妙に準謝罪的な解釈でした。彼は快く本の紹介文を書くことを申し出、そしてもはや関連性のない古くて反復的な夢から目覚めたかのように、好奇心と知性で輝く知的で容赦のない深い眼で私たちをそれぞれ順番にじっと見つめながら言いました。

 

 OK、貴方たちがしたことは非常に良いことですが、魔術の構造にあることは、少し前に起こったことだと確信しています。私の質問は、貴方たちがメタモデルをコード化してから何を発見したのか、ということです。

 

私たちは魅了されました−ここにいたのは、知的な巨人として容易に認識され、当時私たちが頭をいっぱいにしていた新しい一連のパターン化に飛躍するために私たちがどうしていたかを十分に理解した男でした。

 

 よくやった。そして・・・

 

リチャードと私は畏敬の念を抱きながら彼の質問を聞き、完全に同意しながらお互いを見て、明言をする前に経験における句読点の重要性を示すために崖に潜る人(クリフダイバー)のように一時停止し、そして努力なく私たちから流れ出す説明の大きな波を解放しました。

 

今や快活な様子で、グレゴリーは私たちを美しく編成しました−まるで追いかけられているように私たちがパターン化に突進している間、彼は私たち二人に耳を傾けました。時には私たちのうちの一人が、時には別の一人が、時には私たちの両方が同時に、彼の広大な知性を私たちの所見で満たすことを試みているかのように話しました。彼は私たちの間に座り、彼の目は水平線の上の特別な点に固定され、何ヶ月もの私たちの仕事の報告を徹底的に処理しました。

 

時々、彼は流れを凍らせ、興奮を冷まし、椅子にもたれかかり、前方の大きなテーブルや彼の左側に視線を落とし、この二人の狂人をより浅い水の中へと導く質問−彼の豊かな内なる王国をつなぐパターンを完成させる質問であり、彼の世界の知性に70年以上関与して集めた質問であり、彼が理解できないプロセスを続けることを欲した答え−を作りました。

 

私たちは二匹の犬のように、主人が行きたいと思われるところに案内しようとし、時々先を走り、時々彼をじりじりと追い上げ(nipping his heels)、常に彼の手がかりに注意を払い、常に彼の意図に忠実でした。

 

そして私たちは疲れ切って爽快な気分で、ついに私たちの長い登りの終わりに三人一緒に到着しました。今や私たちは、より思慮深く、もはや新しいものに追い立てられず、目下今という時に興味をもち、椅子に深く座っていました。

 

彼の豊かな声に新しいトーン−これまでに表現されたものより、さらに深い感情を示唆するもの−がありました。長い登りの間に鮮やかに光っていた彼の知性の鋭い刃は覆われました。間違いなく、何十ものケーススタディ、それぞれが独自の説得力のある比喩を伴ったライフストーリーの中で、長い間で初めて何かが彼を深く感動させました。彼は、彼の青春期からの特定の出来事、彼の愛する兄ジョンの喪失と続行していないスイスでの選択の喪失について−全てがまるで自身の物思いにふけっているかのようで、私たちの注意深くしかし受動的な存在の中で快適であるかのように−静かに語りました。彼はついに自分の要求を満たし、そして注意をもう一度私たちに向けました。

 

今や彼の助言は彼から私たちへと緩やかに移動しました。それは逆進する波でしたが、より洗練され、正確でした。彼はこのように多くのことを話しました−私はその二つだけ言及します。

 

彼は私たちが協力しながらどれくらいの時間一緒に働いてきたのか尋ねました。私たちは「約3年間」と答えました。彼は、このような生産的で革命的なコラボレーションは滅多に起こらず、しばしば短命であるので、毎瞬を大切に楽しむことを強く勧めました。リチャードと私は互いの目を引いて、不死性についての一定の知識と、他の人間達が尽力したパターンからの決定的に認められた例外のみからくる信頼を、そのきらめきで確認しました。

 

彼は、私たちが他の誰にこれらの投稿した「魔術の構造 第1巻」のパターンを提示したのか尋ねました。私たちは、「貴方以外には誰も」と答えました。彼は、どのような前向きなステップを講じるべきか確信がないと述べましたが、以下を指摘することによって彼のアドバイスを終えました。

 ・・・今日の午後にここで貴方たちが私に紹介したものより少なかったのに、彼らはジャンヌダルクを火あぶりにしたのだ。(つづく)


Whispering In The Wind p.173-175
Part: The Eye of the Storm
Chapter 1: Contexts of Discovery

NLP's Third Model: The Milton Model


1975, Bandler, Grinder and Bateson all had their individual residences at 1000 Alba Road, Ben Lomand,California. The manuseript version of what would be published later that year as The Structure of Magic, volume I had been circulating among an excited group of people who had collected around the three men, Bandler, Grinder and Pucelik and who were assisting them with their research. Bateson had been provided with a copy of this manuscript some weeks earlier - Grinder and Bandler hoped that he would recognize what they had attempted to accomplish. Their hopes were more than met when they were invited by phone to come over to Bateson's place where they were treated to an intellectual feast - a remarkable and stimulating discussion with Bateson that lasted hours.

Gregory had a long wooden table in his dining room - one worthy of a mythical Norseman, rough-hewn of dark wood and sturdy. Gregory pointedly positioned himself at one end of this monstrosity as if conducting court and indicated to the two younger men to seat themselves immediately at his right (Grinder) and left (Bandler). The conversation that ensued was enchanting. It is noteworthy (and it seemed so even at the time to Grinder and Bandler) that Bateson's command of the patterning worked up in themanuscript was so complete that little time was spent on actually discussingit.

Gregory offered a soliloquy, in large part reminiscences of the research he and his colleagues at MRI had conducted and then a strangely semi-apologetic rendering of (as he later clearly stated in his Introduction to The Structureof Magic) how he and his associates could have missed what we had, in fact, discovered and coded in the book - "how well the argument flowed from the linguistics, how confusing it had been to attempt what he had done starting with pathology and cultural patterns." He graciously offered to write an Introduction to the book and then, as if rousing himself from an old and repetitive dream no longer of relevance, he fixed each of us in turn with his deep intellectually unforgiving eyes glinting with curiosity and intelligence and said

 OK, boys, what you have done is very good, but I am certain that what's in The Structure of Magic happened some time ago - my question is whathave you found since coding the meta model.

We were enchanted - here was a man, easily recognizable as an intellectual glant, who understood well enough what we were about, to leap to the new ets of patterning that were obsessing us atthe time.

 

 Well done and...

Richard and I listened to his question in awe, looked at one another with perfect agreement, paused like cliff divers tomark the importance of that point of punctuation in experience before committing and then released a great wave of descriptions that flowed from uswithout effort.

Buoyant now, Gregory orchestrated us beautifully - he would sitlistening intently to the two of us as we rushed forward into the patterning as if pursued. Sometimes one of us spoke, sometimes the other, sometimes both of us simultaneously as if attempting to fill his vast intelligence with our observations. He sat there between us, his eyes fixed at that special pointabove the horizon, processing thoroughly the reports of months of our work.

From time to time, he would freeze the cascade, breaking the spell, leaning back in his chair, dropping his gaze to point on the great table forward and tohis left, shaping the question that would guide these two madmen into shallower water - the question that would complete the pattern that connects in his rich internal kingdom, assembled over 7 decades of participation with intelligencein the world about him, the answer he wanted to continue his incomprehensible process.

We were like two dogs, attempting to guide their master to where they believed he wanted to go, sometimes dashing on ahead, sometimes nipping at hisheels, always attentive to his cues, always loyal to his intention.

The three of us arrived together then finally at the end of our long climb, exhausted and exhilarated. We sat back now, more thoughtful, no longer driven into the new,and presently curious about the now.

There was a new tone in his rich voice - one suggesting deeper emotions than thus far expressed. The sharp edge of his intelligence that had flashed brilliantly throughout the long climb was sheathed. No doubt,among the dozens of case studies, the life stories, each with its own compelling set of metaphors, something had stirred deep within him for the first time in a long time. He quietly recounted certain events from his youth, the loss of his dear brother John and of choices in Switzerland not pursued - all as if musing to himself, comfortable in our attentive, but passive presence. He worked it out finally then to his own requirements; and turned his attentiononce again to us.

His counsel now rolled softly from him to us, areciprocal wave, but more refined and precise. He spoke of many things in thisway - I will mention but two:

He asked how long we had been working together, collaborating. We responded, "Three years about" - He urged us tosavor every moment as such productive and revolutionary collaborations were rare occurrences and often short lived. Richard and I caught each other's eye,confirming with a twinkle the confidence that only comes with certain knowledge of immortality and an irrevocably granted exception from the patterns other members of the species labored under.

He asked who else we had presentedthese post Magic I patterns to - we replied, "To no one other thanyou." He indicated he was unsure of what positive steps to take but hefinished his advice by pointing out that

 ....they burned Joan of Arc for lessthan you have presented me here this afternoon.


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